分子物質開発研究センター
山 下 敬 郎(助教授)
A -1)専門領域:有機化学
A -2)研究課題
a) 新しいドナーおよびアクセプター分子の合成 b) 新規な有機電導体の開発
c) 単一成分有機導体の分子設計
d) 小さなバンドギャッブ有機ポリマーの開発 e) 単一分子導線の設計
f) 有機電子移動反応の研究
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 新しいドナーおよびアクセプター分子の合成:1,2,5- チアジアゾール,1,3- ジチオールなどのへテロ環を有する新 規なドナーおよびアクセプター分子を合成した。これらの中にはへテロ原子の相互作用で特異な分子集合体を形 成するものや,一段階で二電子酸化還元を行うものがある。
b) 新規な有機電導体の開発:新しく合成したドナーおよびアクセプター分子を成分とする高電導性の電荷移動錯体 およびイオンラジカル塩を開発した。これらの中には低温まで金属的性質を示すものがある。
c) 単一成分有機導体の分子設計:へテロ環の性質を利用して新しいドナー - π - アクセプター系分子を設計合成し, 単一成分での高い電導性やホール効果等の興味ある物性を見つけた。
d) 小さなバンドギャッブ有機ポリマーの開発:非古典的なチアジアゾール環を利用することで世界最小のバンド ギャッブを持つポリマーの合成に成功した。
e) 単一分子導線の設計:低エネルギーギャップ型の分子導線の創出を目指し,主鎖構造の剛直化,絶縁化および構 造ユニットの可溶化を行っている。
f) 有機電子移動反応の研究:電子移動を経由する新しい有機反応を見つけ,ビス(1,3−ジチオール)ドナーな どの新規物質の合成に応用した。
B -1) 学術論文
M. URUICHI, K. YAKUSHI, Y. YAMASHITA and J. QIN, “Charge-transfer Salts of M(mnt)2(M=Ni, Pd, Pt, Au) with BDNT: Ferromagnetic Interactions in Conductive (BDNT)2-[Ni(mnt)2],” J. Mater. Chem. 8, 141-146 (1998).
K. ONO, A. ADACHI, K. OKITA, M. GOTO and Y. YAMASHITA, “Terphenyl and Poly(p-phenylene) Derivatives Containing Fused 1,2,5-Thiadiazole Units,” Chem. Lett. 545-548 (1998).
K. SUZUKI, M. TOMURA and Y. YAMASHITA, “New Electron Acceptors Containing Thieno[3,4-b]pyrazine Units,” J. Mater. Chem. 8, 1117-1119 (1998).
Y. YAMASHITA, M. TOMURA, M. B. ZAMAN and K. IMAEDA, “Synthesis and Properties of Novel Tetrathiafulvalene Vinylogues,” Chem. Commun. 1657-1658 (1998).
B -2) 国際会議のプロシーディングス
Y. YAMASHITA, S. TANAKA and M. TOMURA, “Novel Donor-Acceptor Compounds Showing Small HOMO-LUMO Gaps,” Proceeding of the 9th International Symposium on Novel Aromatic Compounds, 33 (1998).
M. TOMURA, S. TANAKA and Y. YAMASHITA, “Control of Structure and Physical Properties in Novel TTF Vinylogufes,” Proceeding of the 9th International Symposium on Novel Aromatic Compounds, 56 (1998).
B -3) 総説、著書
Y. YAMASHITA and M. TOMURA, “Highly Polarized Electron Donors, Acceptors and Donor-Acceptor Compounds for Organic Conductors,” J. Mater. Chem. 8, 1933-1944 (1998).
B -4) 招待講演
山下敬郎 , 「分極構造を有するドナー,アクセプターおよびドナー−アクセプター型分子」, 構造有機化学夏の学 校 , 福山 , 1998 年 8 月 .
山下敬郎 , 「新規な拡張共役系ドナーおよびアクセプター分子の開発」, 日本化学会秋季年会 , 松山 , 1998 年 9 月 . Y. YAMASHITA, “Preparation and Properties of Novel TTF Vinylogues,” The 6th Japan-China Joint Symposium, Okazaki (Japan), October 1998.
山下敬郎 , 「新規なドナーおよびアクセプター分子に基づく有機導電体の開発」, 日本化学会東海支部愛知地区講 演会 , 名古屋 , 1997 年 11 月 .
B -5) 受賞、表彰
山下敬郎 , 有機合成化学奨励賞(1988).
B -6) 学会および社会的活動 学協会役員・委員
日本化学会東海支部代議員(1992-1993). 有機合成化学協会東海支部幹事(1995-). 学術雑誌編集委員
J. Mater. Chem., Advisory Editorial Board (1994-).
B -7) 他大学での講義、客員
岡山大学理学部, 「有機機能化学」, 1998年10月26日−27日.
C ) 研究活動の課題と展望
有機電導体分野の研究の発展には,新規化合物の開発が極めて重要であるので「新規な有機電導体の合成研究」の
藤 井 浩(助教授)
*)
A -1)専門領域:生物無機化学、物理化学
A -2)研究課題:
a) ヘム酵素高原子価反応中間体の電子構造と反応性の研究 b) 金属イオンで活性化された小分子の電子構造と反応性の研究 c) ヘムオキシゲナーゼによる酸素活性化およびヘム代謝機構の研究
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) ペルオキシダーゼ,カタラーゼ,チトクロームP−450などのヘム酵素はその反応中に C ompound I と呼ばれる 反応中間体を生成する。C ompound I はこれら酵素の共通の反応中間体であるにもかかわらず,その反応性は多様 である。我々は,C ompound I の電子構造と反応性の関わりを解明するため,低温で安定に生成するモデル錯体の 構築を行った。これまで酵素由来の配位子をもつモデル錯体は,配位子の還元力のため合成されていなかった。 我 々 は , 酸 化 剤 や ア ニ オ ン の 種 類 を 工 夫 す る こ と に よ り , 還 元 を お さ え , ペ ル オ キ シ ダ ー ゼ , カ タ ラ ー ゼ の C ompound I のモデル錯体を初めて合成した。合成された錯体は−80度以下で安定に存在し,その電子構造を NMR により解明することに成功した。
b) 金属イオンに配位した小分子(酸素,窒素など)は,配位する金属イオンの種類,配位子,構造によりその反応 性を大きく変化させる。このような多様な反応性を支配する電子構造因子がなにかを解明するため,磁気共鳴法 により研究を行った。とりわけ金属イオンやそれに配位した小分子を磁気共鳴法により直接観測して,電子構造 と反応性の関わりを検討した。銅一酸化炭素錯体の63C u-NMR の測定を行った結果,極めてシャープなシグナル を観測することができた。その化学シフトは,銅イオンから一酸化炭素への電子の流れ込みを反映することがわ かり,化学シフトから小分子の活性化を測定できることを示した。また,ヘム酵素シアン体の13C -NMR を測定し た結果,はじめてヘム酵素由来のシアンの13C -NMR シグナルの観測に成功した。化学シフトを検討した結果,酵 素が作る反応場を解析する手法になることがわかった。
c) ヘムオキシゲナーゼは,肝臓,脾臓,脳などに多く存在し,ヘムを代謝する酵素である。肝臓,脾臓の本酵素は, 胆汁色素合成に関与し,脳に存在する本酵素は情報伝達に関与していると考えられている。本酵素の研究は,こ れら臓器から単離される酵素量が少なく,その構造,反応など不明な点を多く残している。最近,本酵素は大腸 菌により大量発現することができるようになり,種々の物理化学的測定が可能になった。本研究では,大腸菌発 現の可溶化酵素と化学的に合成したヘム代謝中間体を用いて本酵素による酸素の活性化およびヘムの代謝機構の 研究を行っている。ヘムをコバルトポルフィリンに置換した酵素複合体のEPRスペクトルから,本酵素の活性中 心では配位した酸素がタンパク質の交換性プロトンと水素結合を形成していることを明らかにした。また,本酵 素と酸素,一酸化炭素との結合過程を研究した結果,本酵素はヘモグロビンやミオグロビンと異なり,酸素に対 する親和性が特に高いことが明らかとなった。
B -1) 学術論文
H. FUJII, T. YOSHIMURA and H. KAMADA, “Imidazole and p-Nitrophenolate Complexes of Oxo Iron(IV) Porphyrin π- Cation Radical as Models for Compounds I of Peroxidases and Catalases,” Inorg. Chem. 36, 6142 (1997).
C. T. MIGITA, K. M. MATERA, M. IKEDA-SAITO, J. S. OLSON, H. FUJII, T.YOSHIMURA, H. ZHOU and T. YOSHIDA, “The Oxygen and Carbon Monoxide Reactions of Heme Oxygenase,” J. Biol. Chem. 273, 945 (1998).
K. ISHIKAWA, K. M. MATERA, H. ZHOU, H. FUJII, M. SATO, T. YOSHIMURA, M. IKEDA-SAITO and T. YOSHIDA, “Idenfication that Histidine 45 is the Axial Heme Iron Ligand of Heme Oxygenase-2,” J. Biol. Chem. 273, 4317 (1998).
M. NAKAMURA, T. IKEUE, H. FUJII, T. YOSHIMURA and K. TAJIMA, “Electron Configuration and Spin Distribution in Low-Spin (meso-Tetraalkylporphyrinate)iron(III) Complexes Carrying One or Two Orientaionally Fixed Imidazole Ligands,” Inorg. Chem. 37, 2405 (1998).
S. IMAI, K. FUJISAWA, T. KOBAYASHI, N. SHIRASAWA, H. FUJII, T. YOSHIMURA, N. KITAJIMA and Y. MORO- OKA, “63Cu-NMR Study of Copper(I)-Carbonyl Complexes with Various Hydrotris(pyrazolyl)borates: Correlation between
63Cu Chemical Shifts and CO Stretching Vibrations,” Inorg. Chem. 37, 3066 (1998).
E. C. WILKINSON, Y. DONG, Y. ZANG, H. FUJII, R. FRACZKIEWICZ, G. FRACZKIWICZ, R. S. CZERNUSZEWICZ and L. QUE, JR., “Raman Signature of the Fe2O2 ‘Diamond’ Core,” J. Am. Chem. Soc. 120, 955 (1998).
H. FUJII, Y. DOU, H. ZHOU, T. YOSHIDA and M. IKEDA-SAITO, “Cobalt Porphyrin Heme Oxygenase Complex. EPR Evidences for the Distal Heme Pocket Hydrogen Bonding,” J. Am. Chem. Soc. 120, 8251 (1998).
B -4) 招待講演
藤井 浩 , 「Heme Oxygenase の構造と反応機構」, 第4回東京酸素フォーラム , 慶應義塾大学 , 東京 , 1998 年 3 月 .
C ) 研究活動の課題と展望
これまで生体内の金属酵素の構造と機能の関わりを,酵素反応中間体の電子構造から研究したきた。金属酵素の 機能をより深く理解するためには,反応中間体の電子状態だけでなく,それを取り囲むタンパク質の反応場の機 能を解明することも重要であると考える。これまでの基礎研究で取得した知見や手法を活用し,酵素タンパクの つくる反応場の特質と反応性の関係を解明していきたいと考える。さらにこれらの研究成果を基礎に,遺伝子組 み替えによるアミノ酸置換の手法を用いて,金属酵素の機能変換および新規金属酵素の開発を行いたい。
*)1998年3月1日着任
永 田 央(助教授)
*)
A -1)専門領域:有機化学、錯体化学
A -2)研究課題:
a) 金属錯体およびポルフィリンを用いた光合成モデル化合物の合成 b) 電子移動・プロトン移動を利用した触媒反応の開発
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 光合成酸素発生部位のモデル化合物としてのマンガン二核錯体の合成を行った。2つのマンガンイオンを適切な 距離をおいて固定する目的で,二核化配位子をいくつか合成して錯体生成を試み,ターピリジン誘導体を用いた 場合に安定で結晶性に優れた錯体が得られることがわかった。二核化配位子と塩化物イオンが配位したマンガン 二核錯体についてX線構造を得た。
b) ターピリジンとカテコールを分子内で結んだ新しい配位子を設計・合成し,その金属錯体の合成を行った。
B -1) 学術論文
H. IIKURA and T. NAGATA, "Structural Variation in Manganese Complexes: Synthesis and Characterization of Manganese Complexes from Carboxylate-containing Chelating Ligands," Inorg. Chem. 37, 4702-4711 (1998).
C ) 研究活動の課題と展望
これまで光励起電子移動の制御を目標にしてきた光合成モデル化合物の研究は今や新しい時代を迎え,今後は電 子移動を用いた化学反応への展開が重要な目標となろう。我々の研究グループでは,光励起電子移動と化学反応 を効率よく結び付けるために必要な分子設計・反応制御について今後取り組んでいく予定である。この中に含ま れる研究課題としては,光励起電子移動それ自体の研究に加えて,電子移動によって駆動される触媒反応の開発・ 複数の酸化還元系を分子レベルで組み合わせるための設計指針の確立・電子の流れとプロトンの流れの分子レベ ルでの制御,などが挙げられる。有機合成を用いた複雑分子の合成を主要な武器にして,これらの困難な課題の 解決に取り組んでゆきたい。
*)1998 年 3 月 16 日着任
鈴 木 敏 泰(助教授)
*)
A -1)専門領域:有機合成化学
A -2)研究課題:
a) テルル原子を含有した新規有機伝導体の開発 b)新規フラーレン化合物の開発
c) アモルファス性有機電子輸送材料の開発
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) これまでの分子伝導体の開発では,伝導電子を発生させるために複数の分子あるいはイオン間の電荷移動現象を 用いている。したがって,金,銅,アルカリ金属等に相当する単一組成の分子性金属は未だ存在しておらず,単 一中性分子の結晶で金属状態を実現することは長い間化学者の大きな目標であった。本研究の目標は中性分子の 金属結晶の実現である。今年度は,テルル原子を含有した新規電子供与体を設計し,その前駆体である臭素化合 物の合成を行った。テルルはイオウやセレンに比べサイズが大きく,T e-T e間の強い分子間相互作用により,無機 物と有機物の中間的な電子物性が期待される。
b)C60は様々な反応剤による付加反応が可能であり,その表面上に任意の官能基を導入することができる。中でも興 味深いのは,付加した官能基に不飽和結合が含まれ,そのπ 電子が C60のπ電子系と相互作用する場合である。こ れらの例の中で,光による分子内転移反応を起こすものが幾つか知られている。我々は,C60上に不飽和結合を導 入するために,アセチレン類と C60の反応を試みている。アセチレンジカルボン酸ジメチルより合成された Pd[C4
(C OOC H3)4]は C60と反応し,[4+2]型の付加体 C60[C4(C OOC H3)4]を与えた。このものは光照射によりビスフレロイ ド体へ異性化し,さらに,酸素との反応によりジケトン体 C60O2[C4(C OOC H3)4]に変換した。また,X線構造解析 を目的として,ジケトン体の遷移金属錯体(Pd,Pt,Ir)の合成も行った。
c) 有機エレクトロルミネッセンス素子は,液晶に続く次世代のフラットディスプレーとして注目されている。これ らを構成するホール輸送材料や発光材料に関しては,すでに多くの高性能な分子材料が知られている。一方,金 属電極から発光層への電子移動を滑らかにする役割の電子輸送材料は,ほとんど選択の余地がないほどに少ない。 このため,我々はデンドリマー構造を持つフッ化フェニレン化合物を設計し,そのうち C36F26および C60F42の合 成を行った。これらの分子は平面性が悪く,昇華性に優れているため,C60F42(分子量:1518)のような比較的大き な分子の真空蒸着も可能であった。これらを電子輸送層として用いた素子では,フッ素の電子吸引性により分子 の電子親和力が大きくなり,金属電極からの電子の注入障壁が低くなった。これにより素子の駆動電圧の低下と 発光効率の上昇が見られた。特に C60F42は,最も頻繁に使用されているアルミニウムキノリン錯体(A lq)に匹敵 する優れた電子輸送性を備えていることがわかった。
C ) 研究活動の課題と展望
次世代の有機電子材料として,「単一分子素子」や「ナノワイヤー」等のキーワードで表される分野に注目が集まり 始めている。S PM 技術の急速な発展により,単一分子メモリ,単一分子発光素子,単一分子ダイオード,単一分 子トランジスタなどの基礎研究が現実的なものになってきた。一個の分子に機能をもたせるためには,従来のバ ルクによる素子とは異なった分子設計が必要である。計測グループとの密接な共同研究により,この新しい分野 に合成化学者として貢献していきたい。現在行っている有機 E L 素子のための電子輸送材料開発は,単一分子素子 研究の基礎知識として役立つものと信じている。
*)1998 年 1 月 1 日着任
桑 原 大 介(助手)
A -1)専門領域:核磁気共鳴
A -2)研究課題:
a) マジック角試料回転下で双極子相互作用を測定する
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 固体状態の試料をマジック角(MA S )で回転させながら NMR 測定を行うと、溶液のスペクトルのような高分解 能スペクトルが得られるが、その代償として、固体物質のミクロな情報に関する貴重な情報を与える化学シフト 異方性や磁気双極子相互作用が失われてしまう。我々は、MA S 条件下で失われた双極子相互作用を「MA S のも とで高分解能スペクトルとともに」測定する新しい手法を開発した。それを用いることにより、蛋白質中の炭素
―窒素核間距離の測定が、窒素の同位体置換を行わなくても可能となった。
B -1) 学術論文
D. KUWAHARA, T. NAKAI and S. MIYAJIMA, “Two-Dimensional NMR measurements of heteronuclear dipolar powder spectra using the chemical-shift-anisotropy recovery technique,” Chem. Phys. Letts. 291, 244-248 (1998).
C ) 研究活動の課題と展望
NMR の発展は次々と発表される新手法によってもたらされた。そして、今までに開発されたほとんどの手法は、 スピン系のハミルトニアンを構成する2つの部分、スピンパートと空間パートのどちらかを manipulate するもの であった。我々は、その両方のパートを同時に manipulate して自分達の望むハミルトニアンを生み出すことので きる "Hybrid NMR " の完成を究極の目標としている。